中国鍼と日本鍼

鍼灸治療法が中国から伝わったものである事を知らない人はめったにいないと思います。

中国の医学が日本に伝わったのは、仏教が伝わった時期とほぼ同じ頃の奈良時代です。
それ以前は朝鮮半島から来た医師達が中国の医療を行っていたのですが、中国から医師がダイレクトに来るようになったのは奈良時代と言われています。

そして小野妹子の第1回遣随使に2名の医学留学生(恵日:えにち、福因:ふくいん)が同行したのを皮切りに遣唐使にも次々と留学生が加わり中国の医学を修めて帰国しました。

(中には、そのまま留まり中国本土で「名医」として名をとどろかした日本人{竹田昌慶、僧月湖 }も現れたそうです。)

そして室町時代頃までが中国医学の熱心な「仕込み」の時期で、その後は鎖国もあり、「仕込んだ」中国の医学を基に日本人に合わせて「熟成」させる為の研鑚、研究が進められたのです。

これはそのまま日本の伝統医学として発達を続けたのですが、西洋医学が入ってからは立場が逆転し「漢方」と呼んで区別し対照されるようになりました。

つまり「漢方」というのは、中国の医学をベースに日本で研究、発展した日本のオリジナル医学なのです。

当然、中国に「漢方」という医学名はありませんし、「漢方薬」という薬もありません。
「漢方」はヨーロッパやアメリカなどでは「日本漢方」 鍼は「日本鍼法」と呼んで中国の医学と区別しています

「漢方」にあたる医学は現在の中国では「中医学」と名づけられ、中国における西洋医学(西医学)と区別しています。

(現在は中国本土もこの「中医学」がメインという訳ではないのです。)問題はこのページの主題である、現在の「中医学の中国鍼」と「漢方の日本の鍼」との違いですがこれを一言で説明するのは難しいんです。
本場の中華料理と日本の中華料理の違いとでも言うか、メジャーリーグ野球と日本のプロ野球の差とでも言うか、要するに、気候風土や食事をはじめとした生活習慣等の違いで体質が異なり、罹り易い病気も違って、より島国的というか総じてソフト化されている感じなのです。
速い話、365日中華料理を食べられる中国人と、1週間も油料理が続くと胃腸がもたない者の多い日本人とでは求める医療が違って当然でしょう。


代表的な例を一つ挙げますと、「肩こり」です。

まず「肩こり」という身体の症状を表す「名詞」は日本人で知らない人はいないでしょう?この「肩こり」と言う「症候名」は英語はもとより中国にもありません。
なぜなら、「肩こり」の症状を訴える人がいないから、その様な症状を表す言葉が必要なかったのです。
勿論一人もいない訳ではありませんが、「肩が張ってる」、とか「肩が重い」とか表現されるのみで、誰にでも現れる一般的な症状ではありません。翻って、我々日本人では「肩こり」を知らない人の方が少ないはずです。

特に女性の場合、全んどの人が経験しています。

(又、最近では若い女性達にひどい肩こりの人が多く新たな問題として提起されています。「なぜ日本人ばかり肩がこるのか?」のテーマも今後、広く追求したいですね。)

と言う訳で、日本では中国と違って、この「肩こり」の治療に鍼灸院を訪れる方が大変多いのですね。
何故なら西洋医学では西洋人に「肩こり症」が一般にはないので治療研究がされていない、病名もないし治療薬もないので病院に行っても治してもらえないからなんです。

(同じく「中医学」も「肩こり」だけの治療法は、ほとんど論じていないようです。)

実は「冷え性」も同じケースですね。



で本題に戻って「中国鍼」と「日本の鍼」との違いですが、これはつまり「中医学」と「漢方」の違いでもあるのですが、「病気の見立て方」といいますか「診断の手法」が違うのです。

この部分は詳しく説明すると専門的で長くなって大変ですので、簡単にします。

「中医学」の診断の基準はあくまで「陰陽五行説」という、哲学といいますか、概念といいますか、その考え方にあります。
この考え方に基づいて(利用して)症状を解析し(これを「弁証」すると言います)治療方針を立てるのが一般的なようです。

日本の「漢方」では、「陰陽五行説」は普通は考慮に入れずに診断します。
ですから「中医学」のように「病気を弁証する」という言い方はしません。
もっぱら「陰陽五行説」は考えず、患者に現れている病態のパターンをそのまま識別する事を重視しています。

目の前の患者の症状に「陰陽五行説」的な理屈付けをしないのです。
「是々非々」的というか、身体の変化した状態に応じた、あくま臨床重視という点に差があると思います。

中医学を学んだ鍼灸師さんには弁証しない日本鍼はアバウトで不可解なようですね。

漢方薬は専門ではないので論じられませんが、日本の鍼灸では「陰陽五行説」を信じず、用いず、それに負わない分だけ鍼灸師の裁量範囲が広くて、その結果、各々が自分で治療方法を試行し模索しますので治療の流派も「名医」の数だけあると言って過言ではない感じがします。
(全んどイスラム教一色のアラブの国々とは対照的に、日本には、山のような数の新興宗教があるのと同じ様なものでしょうか。ピンからキリまであるところも似てるかな?)
身体の観察を丁寧に行い、鍼でその患者に適切な皮膚刺激をすれば、身体は治癒に向うエネルギーを強めるので、どの流派も、それなりに効果があるのでしょうから、要は、やはり確かな身体表層の観察力の有無にかかってくるのが「鍼灸治療」です。

それと中国と日本では使用する鍼(はり)の形状に大きな違いがあります。
(両方の鍼の写真を掲載しますのでもう少しお待ち下さい。)
中国人と日本人では鍼刺激に対する身体の受容力(体力)にかなり差があるようで、一般的な治療における中国の鍼は日本の鍼に比べて随分と太いのです。
鍼1本当たりの刺激量も当然多くなり、中国の鍼の方が痛くてキツいのが普通です。

何より現在、西洋医学の先進国でもある日本では「鍼灸」を含めた「漢方医学」は「すきま医療」でしかありません。
中国のように今もなお大きな使命を持ち続けて危急な患者にも行われる様な事はまず有り得ないのが日本の現実です。

(それだけ中国は鍼灸の実力が生かされ、新たな可能性もどんどん追求出来る環境であり鍼灸師の身としては、うらやましい限りですが)
そんな西洋医学も進み、医療保険制度も発達した状況の日本で「強い痛み」を我慢してまで保険の効かない高価な治療を受ける人は滅多にいないはずです。
従って日本では「痛くない治療」が鍼灸の第一目標に成っています。

(勿論「素早い効果」の追及は当然のことですが)
出来るだけソフトな刺激で症状を治めようとするのが日本の鍼の特徴なのです。


しかし、
身体に何らかの刺激を与えて自然治癒エネルギーを増強させる治療法は、「鍼灸」に限らず常に「大きな落とし穴」がある事を覚悟しなければなりません。それは高等な脳を持つ生命体ほど、身体にかかわる「適応力」が大きいという事実です。

つまり、人間はどんな刺激にも「馴れる」能力が大きいのです。
最初から大きな刺激を与える治療法は、回数を繰り返すと身体は刺激に適応して(慣れて)反応力を徐々に失ってしまい、そのうちに刺激による効果が全くなくなる危険性を常にはらんでいます。

ですから、鍼灸師の技術力の研鑚ベクトルは「最少の刺激」でいかに大きな「治療効果」を生み出すかに向かうべきなのです。そうすれば身体が刺激に馴れて反応力を失なう恐れも少なく、何より、適切なツボだけを厳選して正確に取る治療であれば、刺激に馴れる間もなく数回の治療で治癒出来るはずです。

(この部分については別のページの「ホメオパシーと鍼灸の関連」でも説明してますので是非クリックして読んで下さい。)

刺激量の少ない「日本鍼」の治療の「方向性」はその意味では、むしろ「中国鍼」に勝っているとも言えるはずです。

以前「徹子の部屋」に出演された鍼灸師さんが一度の治療に200本かそれ以上の数の「痛い鍼」を打つと述べておられましたが、それが如何に問題のある治療かは以上の私の説明でお解りいただけるかと思います。

人間は痛みに対しても学習する高等な生物であることを忘れてはいけません。

200本の鍼で治っていた患者さんは、その内に300本近く打たないと治らなくなるはずです。
そして次は400本〜 ....彼が「名医」だと思われますか?


広大な中国とは違って、経済的にも豊かで、重篤な患者は必ず病院に行ける日本の場合、鍼治療へのニーズはどうしても中国とは違ってしまいます。

西洋医学で治らなかった慢性病や腰痛、冷え性、肩こりなど各種のデリケートな不定愁訴の治療には、「中国鍼」は刺激が大き過ぎる場合が多いのです。

初めての鍼灸治療には日本人の体力(体質)に合わせて開発された刺激の少ない「日本鍼」の治療から受けられるのが賢明かと思います。

(中には日本人に合わせて細い鍼を使う中国人の鍼灸師さんもおられますので念のため)
 
身体に刺激を与えて自然治癒力を増強する目的の治療法(刺激療法)は、同じ効果が得られるなら当然、刺激量は少ないのが モア.ベター!(^.^) 
 これがこのページの結論です。
 
 最小の刺激で最大の治療効果を狙う、ついには1本(一カ所)のハリを打つだけで難病を治してみせる。
 これこそ鍼師の希求する「美学」みたいなものでしょうね。
 

 
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